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■ ラヂヲ日記 ■

2001年1〜3月
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2001年3月31日(土)  短波帯標準電波局JJY廃止
    い歴史を持つ我が国の短波帯標準電波JJYが本日12時をもって廃止されました。
    ラヂヲは31日に終了というのは、てっきり夜中の24時で停波するものだとばかり思って、午後からゆっくり最後のJJYを録音しようとしていたのですが、なんと昼の12時を過ぎるとそのまま停波してしまいました。
    運よくというか、午後からの録音に備えて、11時55分頃からICF-SW1000TでもってJJYをテスト録音していました。11時59分のアナウンスが聞こえ、12時の時報の後、信号が全然聞こえなくなってしまいました。
    あわてて、通信総合研究所(CRL)のホームページを見たら、「3月31日12時0分JSTをもって、短波帯標準電波は廃止されました。永らくご利用いただきありがとうございました。」とあるではありませんか。
    テスト録音のつもりが、偶然にも停波する最後の瞬間をテープに録音でたということでラッキーでした。

    これまでいつでも聞こえていたJJYが短波帯から消えてしまい、非常に寂しい思いでいっぱいです。
    夕方頃から10MHzで標準電波の信号が強力に聞こえてきました。今JJYの代わりにピッピッピッとお隣中国のBPMが強力に入感しています。
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2001年3月25日(日)  バチカン放送局日本語放送終了
    日はラヂヲ堂ジュニア2号の誕生日でした。そして日を同じくしてバチカン放送局の日本語放送が42年(ラヂヲより誕生が1年早いのですね)の歴史にピリオドを打つことになりました。
    ジュニアの誕生日祝いの後、最後の放送を録音しようと22時15分の放送を待ち受けていたのですが、放送開始時間を過ぎてもノイズだけで音声は全然入感しませんでした。結局放送終了時間の35分になるまで放送は入らず仕舞い。昨夜のバチカン放送を同じ周波数5940kHzで明日が最後放送になると聞いたので間違いないと思うのですが。せっかく今日買ったばかりのMDラジカセで録音しようとスタンバイしていたのに。きっとそうだ、今日は朝の番組で終了し、夜の再放送は無かったのかもしれないですね。

    録音のためスタンバイしていたMDラジカセの話ですが、ラヂヲ堂でこれまで使っていたCDラジカセが壊れてしまったため、今日買ったばかりのものなのです。この手のCD-MDラジカセは、いろいろな機種があるのでどれにしようか検討し、できるだけ小型で、CDとカセットと、ついでにMDもついたのがいいなと、店でいろいろ見てまわりパナソニックのRX-MDX70という機種を選びました。

    MDといえば、ラヂヲがかつてFM放送局に勤めていた頃、オープンリールの磁気テープの次のメディアとして、MDにしようかDATにしようかと検討していたことがあります。
    当時はまだMDが出始めの頃で、ソニーの民生用MD機と某メーカのプロ用MD機を調達し、アナウンサーの音声、クラシック音楽、ロックミュージックなどいろいろな種類の音をサンプルとしてDATとMDに録音し、それをいろいろな年代の人に聞き比べてもらったりして検討しておりました。
    MDは人間が聞きとれないところをごまかして圧縮をかける仕組みになっていますので、ロックなどの激しい曲はCDやDATと違いはわからないのですが、アナウンサーの声やクラシックなどの静かな音では、ラヂヲの耳には歪みがはっきりとわかってしまうのでした。
    結局、次のメディアとしてはDATに決定されたのですが、その実験以来、ラヂヲはMDに期待は持っていなかったのですが、MDの小ささ手軽さからか、最近はウォークマンタイプのMDプレーヤ売れているので、ラヂヲもMDもいいかなと思って今回MDを購入した次第です。

    話変わって、今夜は2時からTBSラジオで懐かしの愛川欣也『キンキンのパック・イン・ミュージック』が放送されます。寝不足になりそう。

    また話変わって、もう来週4月1日に岐阜FM(Radio80)が21世紀初のFM局として開局します。

    もう4月か、ラジオ番組も改編の時期だし、ラヂヲ堂ジュニア1号は中学生になるし、新世代クリエ(PEG-N7000C)も発売されるし、まあいろいろ盛りだくさんだなあ。
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2001年3月18日(日)  ラヂヲカーが・・
    ヂヲ堂のラヂヲカーが車上荒らしにあってしまいました。家族で出かけるために駐車場に行き、いざ乗ろうとして横を見ると、後部ドアの三角窓が割られていました。後部シートはガラスの破片が散らばって、グローブボックスとカセットケースが開いたままで、もう無惨な状態でした。
    警察に連絡し被害届を出したり、保険の方に連絡したりと、疲れた1日でした。

    ラジオ韓国のBCL情報を聞いていたら、バチカン放送の日本語放送が3月25日で終了する情報が放送されていました。財政難ということで約42年続いたバチカン放送日本語放送の歴史が終わります。最後にあたり特別放送も特別ベリカードの発行もなしということで、淡々と終わってしまうようです。日本語スタッフが今月いっぱい後整理をするため、受信報告書は今月いっぱい受け付けるそうです。
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2001年3月11日(日)  北海道FM局の受信
    舎の八戸市ローカルに家族で帰省してきました。自分の出身地ながら、やはり北国は寒いです。到着してすぐラヂヲ堂ジュニア2号が風邪のため高熱を出してしまい、もう大変でした。滞在最終日の日曜の今日ですが、前回帰省したときに自宅周辺で確認かけた北海道のFM局の受信のため、帰京まぎわの短時間で再確認しようと、前回と同様レンタカーのトヨタビッツでカーラジオを88.8MHzにあわせて、実家を出発しました。そしたら、出発するや否や、ノイズから音声が聞こえてきました。強力に受信できたところで車を停めて、しばらく聞いてみると、北海道のコマーシャルなどでAIR−G’の函館中継局(88.8MHz、250W)ということを確認しました。こんな実家のすぐそばが受信ポイントだったなんて...。
    じゃあ、FMノースウェーブの函館中継が79.4MHzで250Wなので、AIR−G’と同じ条件なので受信できるかと思ったのですが、入感なしでした。周辺をこの周波数を聞きながら走行してみたのですが、全然だめでした。同じ出力の函館中継局ですが、設置条件が違うのでしょうか?
    これは今度の夏休みの帰省時の課題にしておきましょう。
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2001年3月4日(日)  2台のケイタイ
    プリペイドケイタイ リペイドのケイタイがこの世に出現してすぐの頃からラヂヲはそのプリペイドケイタイを使っています。
    プリペイドケイタイというと、怪しいのではとか犯罪くさいのではとかとやかく言われることが多いんです。でも、通話料は割高ですが、基本料と通話料とで月にすると1500円程度で済むケイタイは、ラヂヲのようにほとんど電話をかけることがないんだけどケイタイは持ちたいという者にとっては安上がりでありがたいものです。
    で、これまで2年ほどツーカーのプリケーを使っていたのですが、まあ何と、このたびAUのプリペイドケイタイを購入して、2台のケイタイ所有者になってしまいました。
    ツーカーの方は関東地域の他にローミングできるのが東海と近畿だけなのですが、AUの方はツーカーと同じ程度の利用料で、全国での利用ができるそうで、結局それだけの理由でもう1台ケイタイを持つことに。
    新しいケイタイの番号は自宅との連絡だけで、まだ職場や友達には番号を知らせていないので、結局2台を持って歩いているのです。どちらか1台にすればいいのに、どっちもまだ使いたいという気持があり、このままでは普通のケイタイを持つよりかえって高くつくかもしれません。

    ホームページのデザインの本を買ってみました。読んでみると、なるほどと思うことばかり。ラヂヲ堂はこのところコンテンツに変動なくなってすっかり内容が固まってしまいました。そろそろリニューアルする時期にきたようですね。それよりももっとラジオを聞く時間を持たなくては。

    今度の週末は所用で家族で田舎に帰省です。できれば北海道のFM受信にチャレンジできればと思っています。
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2001年2月18日(日)  クリエでラジオ局データベース
    コミュニティFM周波数リスト リエを手にしてもう1ヶ月半。いろいろなソフトとデータを入れていくうちにだんだんと手になじんできました。特にラジオ局のデータベースを入れて持ち歩くことができるようになれば、もうすっかりラヂヲ堂クリエ(通称ラヂクリ)のできあがりです。そこで、Palmのデータベース管理ソフトで人気のあるJFileというソフトをソニースタイルからネット購入しました。いろいろな種類のJFile用データベースがインターネットを通じて公開されていますが、ラジオ局のリストは見あたらないようなので、ひとつ自分でデータベースを作ってみることにしました。JFileのDBファイルは独自のファイル形式なので、はじめにデータ構成を決めて、エクセルでデータを入力し、それをCSVで出力して、さらにコンバータソフトでJFile形式に変換します。
     右の図はクリエで表示させたコミュニティFMリストの画像です。画面が小さいので、一覧画面では一度に表示させるデータ量は少ないのですが、個別データの表示もできるし、自由にソートもできるしと、まずはOKでしょ。
     とりあえずコミュニティFMリストができたので、次はAMとFMのラジオ局リストを作成ということで、今データ入力をしているところです。せっかく作ったデータベースなので、そのうちインターネットで公開しようかな。

     昨日はひさしぶりに秋葉原に行ってきました。ラヂヲ堂ジュニア1号を連れてです。ジュニア1号にはWindows3.1がかろうじて動くノートパソコンを好きにいじらせているのですが、そのうちWindows95が動くパソコンが欲しいと欲を申すので、安い中古があったらな、と一緒にでかけました。ラヂヲは秋月で前からねらっていた大容量小型のスイッチングAC電源アダプタ(12V-2A)を買い終わると、すぐ前の店で中古のダイナブックが1万円で数台並んでいるのを見ると、そちらにググッと引きつけられてしまいました。サテライト・プロ420CT、ペンティアム100MHz、メモリー24MB、HDD774MB、。ん、いいじゃない1台ちょうだい。その夜は、朝までかけてセットアップするはめになりました。難を言えば、バックライトがもうだいぶへたっていて暗いことか。ラヂヲ堂にはラジオの次に多い中古ノートパソコンがまた1台増えてしまいました。
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2001年1月21日(日)  クリエ
    CLIE PEG-S300/D リエとはラヂヲ堂の新しいおもちゃです。
     クリエ(CLIE)は、ソニーが昨年秋に発売したPalmOSを搭載するPDA(Personal Digital Assistant:個人向け情報機器端末)です。ず〜っと、ヒューレットパッカードのHP100LXを携帯端末として崇拝・使用していたラヂヲですが、周りのPalmユーザから、面白いよ、奥が深いよ、小さいよ、という悪魔のささやきを聞き、昨年末に白黒のクリエ(PEG-S300)を勢いで買ってしまい、世紀を越えてクリエにはまってしまいました。
     いやー、これは奥が深い。これを使いこなせれば情報はこの小さな端末機器だけで済んでしまいそう。今年に入りこればっかりいじっていたおかげで、ラジオ堂の更新更新がおろそかに...
     JFILEというデータベースソフトに全国のコミュニティFMのデータを入力したので、移動受信にもリストを持ち歩くことができるようになりました。さらにクリエ用にラジオ局のデータベースを構築していく予定です。

     本日、東京都の保谷市と田無市が合併して西東京市が誕生しました。昨夜というか今朝方、21日に日が変わって430MHzを聞いていたら、某クラブ局が西東京市に移動して新市サービスをしていたので、QSOさせていただきました。
     田無市のコミュニティFMにエフエム西東京という局があります。以前も日記で紹介しましたが、移動受信で聞いたエフエム西東京の番組の中で、この合併について問題意識を持って番組で取り上げていました。でも、住民投票(だったかな?)で、市の名称を決めたということも番組の中でありましたが、結局コミュニティFM局と同じ西東京という市の名前になってしまいました。市の名前には未だに賛否両論あるようですが、西東京市が誕生しました。
     今夜のエフエムいちかわのトランスなかたにさんのナイトデナイトを聞いていたら、この西東京市の話も出ていました。埼玉県に北東京市、千葉県に東東京市、神奈川県に南東京市ができれば、大東京包囲網ができるとか(笑)。
     それでもって、ナイトデナイトに秋田県のエフエムいちかわのリスナーさん(もちろんインターネットラジオのリスナーですが)から秋田のコミュニティFMの開局準備状況のメールがありました。秋田市の隣の雄和町と大館市で開局の準備が進んでいるそうです。

     さて、寒い毎日が続きますが、ラヂヲは今度の週末に新潟県にスキーに行く予定です。新潟の新しいFM局を受信することを楽しみに、行って来ます。
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2001年1月8日(祝)  さようなら20世紀
    アンデスの声日本語放送36周年QSL ればせながら、あけましておめでとうございます。
    年始年末は雑事でラジオを聞くのもそこそこでラヂヲ堂の更新もさぼっておりました。とにかく新世紀もどうぞよろしくお願いいたします。

    年末はアンデスの声日本語放送が終了するというので、30日にICF−SW1000Tで受信しテープに録音しようとしたのですが、内蔵ホイップのみでは全然入感しないので、AR7030にしたのですが、入感は確認できたものの内容は全く聞き取れませんでした。

    31日は本当に最後なので、絶対テープに記録しようと思ったのですが、前日よりはましなもののかなり厳しい状態でした。のんきに20時30分から番組開始するものと思っていたら、既に番組は始まっていました。(後で31日は20時からの1時間番組ということが判明)AR7030のスピーカーからの音声を外部マイクで拾ってICF−SW1000Tで録音という間に合わせの状態でとりあえず厳しいながらも30分間録音しました。
    最後「蛍の光」を歌ってお別れでした。歌い終わって、尾崎さんの「皆様本当にありがとうございました。こちらは....アンデスの声です....赤道直下の国南米エクアドルの首都キトーからお送りいたしました...」涙にむせぶアナウンスが感動的でした(涙)。

    ラヂヲは昨年11月にアンデスの声に25年ぶり(中学生の時以来)にレポートを送ったのですが、尾崎さんから25年ぶりのレポートのお礼のメッセージと36周年記念ベリカードが届きました。
    ありがとうアンデスの声。そしてさようなら20世紀。
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